2016年6月30日木曜日

半夏生(はんげしょう)について

植物の半夏生です
2016年6月30日

74歳にもなって、半夏生のことを知らなかったのを恥ずかしく思う。
(なんと知らぬことの多きことか。)

我が家で、昼食とお茶をするため、来宅した友人が、いかにも涼しげな花を持参してくれた。

それが、半夏生(はんげしょう)だった。

  1. 1.
    夏至(げし)から十一日目。太陽暦では七月二日ごろ。
  2. 2.
    水辺に高さ六〇センチほどに生え、半夏生⑴のころだけ頂の葉の下半分が白くなり、白い穂状の花が咲く、どくだみ科の多年生植物。

梅雨の末期で、半夏(烏柄杓<カラスビシャク>)という毒草が生える多湿で不順な頃とされています。農家の人達はこの日までに田植えを済ませ、どんなに気候不順な年でもこの後は田植えをしないという習慣がありました。
地方によっては、ハンゲという妖怪が徘徊するという言い伝えがあり、この時期に農作業をしないようにという戒めになっているようです。
半夏生までに田植えを済ませた農家では、この日の天候で稲作のできを占います。
半夏生は、この植物にちなんで名付けられたとされています。
※ 烏柄杓(カラスビシャク)は毒草ですが、生薬としても用いられています。
地域によっては、タコを食べる習慣があります。
この時季は、注意することがいっぱい
半夏生の頃には、天から毒気が降るとか、地面が陰毒を含んで毒草が生えるなどという言い伝えがあり、この時季に筍・わらびなどを食べることや種を撒くことを忌む風習があったそうです。井戸にも蓋をしたそうですよ。
タコ
地域によりますが、この日にタコを食べる習慣があります。
田に植えた苗が、タコの足のようにしっかりと根付くようにとの願いを込めたもののようです。        
                                        
写真から下は引用です。







2016年6月26日日曜日

2016年6月24日の庭

今の庭、梅雨で水が溜まり作業もままなりません。
村上さんに貰ったブラックベリー(?)と思う。養分があるからぐんぐん大きくなる。木をどう仕立てればいいのだろう

下野さんに貰ったイチジクの木を挿し木して3本植えた。今年はイチジクを食べられるだろうか。

ニューピオーネを袋がけした。30房ほどだが、さて、どうなることやら。袋の下から撮影。


紫陽花の「ダンスパーティ」を挿し木、、発芽率が高いことを願う。

これも紫陽花だが名前は分からない。

クレマチスの挿し木、、これは案外よく発芽する。

2016年6月20日月曜日

イアリア映画祭2016

5月7,8日
イタリア映画祭を大阪のABCホールへ見に行った。

7日には「俺たちとジュリア」、「あなたたちのために」

8日に「フランチェスコと呼んで」、「私と彼女」の4本を見た。

大阪には、イタリア語教室があって、そこで学んでいる人が多数参加していた。

70代と思しき白髪の男性が若いころに「甘い生活」とか「自転車泥棒」などを見たと話しており、ああ同じ世代だなと懐かしく思った。

「フランチェスコと呼んで」は今のローマ法皇がベルゴリオと呼ばれていた若き頃の話である。
アルゼンチンの軍事政権時代の話も出てくる。映画を見ていたときには、ベルゴリオの
正義と人道的な行動に心動かされた。しかし、違う書き物には、否定的な描写もあり、何れが
真実か、伝記的な映画の立ち場所、それが外国映画だけに分からない部分がある。

宿泊場所は、経費節約と新しいもの見たさに大阪駅の一つ西の福島駅近くのゲストハウスに泊まった。
昔は割烹旅館だったそうだが、親が亡くなり子の代になり、古い建物を利用して、自分で中を改造したのか、2段ベッドでカーテンを引いてプライバシーを守る程度のものだった。
割り当てられたベッドは、上段で、うまく体を回さないと降りられない。
こんなところで、落ちて骨折でもしたら、たまらんわとそれはそれは慎重に上り下りした。

夕食を食べに飲み屋を物色したらほとんどが労働者の町らしく立食なので、座れるところを優先。
立食がほとんどというのも初体験。

どこへでも、男ばかりでも、全然気にならない。美味しく、安いのが一番。


2016年6月19日日曜日

ルーアンにて

6月19日

雨が降っていた。外仕事をする必要もないので、朝からずっと身辺整理をしていた。

午後4時過ぎ、知人のHさんからちょっとした相談ごとの電話がかかってきた。
最近一人住まいを始めたが問題も起こっているらしかった。
一人は快適と言ってはいるものの、何となく誰かと会話したい雰囲気を感じ、Tさんに「ルーアン」で夕食する?と聞くと、OK,とのことで、急遽Hさんと3人での夕食となった。

ルーアンの海老カツは美味で時々食べたくなる。
店はいつも通り客で一杯だったが、席もとれ、Hさんも珍しくて美味しいと喜んでくれながら、よもやま話と、食事を楽しんだ。

江戸時代のむしろマイナスと思える鎖国政策が、日本を植民地とさせなかったのではないか。

老若男女の服装が、着たいものを着る傾向が強くなっている。

日本人の誠実な考えと行動、それは素晴らしいのだが、一面融通が利かなくて、息苦しい生活をも引き寄せている、またそれに気づき始めてもいるか?

などなど、おしゃべりすることで一日が暮れました。

津山うどん顛末記2

5月15日

2016年1月24日、朝日新聞岡山版に、
「津山は江戸時代から農耕牛の流通拠点であり、津山食肉処理場もあって、鮮度が勝負のホルモンや牛の骨からそぎ落としたそずり肉も豊富で、牛肉を余すことなく食べ尽くす町としてPRしようとしている」という意味の記事が出ていたのを思い出しました。

また、城東むかし町屋をはじめとした、倉敷を遥かに凌ぐ町屋が1キロ半にもわたってあること、
城下町なので伝統のある美味しい和菓子が期待できること、
何回か訪れたにもかかわらずほとんど街歩きしたことがない、
でも大本命は美味しいホルモン焼うどんを食べることだと思って、
期待に溢れて15日午前10時ころに自宅を出発しました。


2番目に美味しいというMには昼過ぎに着き、注文して食すが、予想外でした。店主はどうでしたと聞く。うどんに十分火が通らず、味もしょっぱく思いました。しかし、そんなことは言えずごちそうさまと言って店を出ました。途中の和菓子屋で十万石,桐襲、初雪を買いました。


津山ホルモンうどん顛末記

2016429

後楽園の幻想庭園の初日でした。

会場に入る前に、まずは、腹ごしらえと、Tさんは屋台の津山ホルモンうどん店へ行ってうどんを買って庭内に持ち込みました。
少し暮れかかった庭内でしたが、ほどなく点灯行事が終わって、クリスマスとは違った、ロウソクの火とアップライトされた庭園が浮かび上がりました。
クリスマスとはまた違った雰囲気でした。

園を半周し、景色を楽しんで、人も多いので早々に退散しました。

庭内でホルモンうどんを食べましたが、不味いものでした。

帰途、B級グルメで美味しいと言われている津山ホルモンうどんを本場へ行って食べようと、意見が一致し、1泊旅行で津山を訪れることにしました。