2016年10月3日月曜日

海の近くに住んで

2016年10月1日

                          海の近くに住んで



現在、宇野駅から旧国道フェリーへ向かって歩くと途中で旭橋の上を通る。

昔、旭橋の東側では、樋門を作るために潜水服を着た人が何日も混濁した海の中に潜って作業

をしていた。

 「海底2万マイル」の挿絵でしか潜水服を見たことがなかった私は、よくその現場で潜水夫のよ

うすを見つめていた。

私の住んでいた浜崎町は、この辺りから旧国道フェリーを東端とし、そこには、岸壁と階段と3,4

の桟橋があった。

西端は現在の玉野警察署前の南北を走る道路で、その西は、つまり今メルカがある辺りも含め

て全部、入浜式の塩田があった。

在は、駐車場になっているが、ここにかつては玉野警察署があった。

先日、「ためしてガッテン」で、人工呼吸の話を放送していたが、思い出すことがある。

ある日、用事で出かけた途中、警察署前の岸壁に差しかかるとお巡りさんが4,5歳の女の子を

毛布の上に寝かせて人工呼吸をしていた。

用事を済ませてまた差し掛かったのは20分ほど後だったろうか。

さっきのお巡りさんとは違った人が、まだ人工呼吸を続けている。

ことの成り行きをじっと見ている私。

3人以外誰もいない。

そのうちまた、違う若いお巡りさんが警察署から出てきて人工呼吸を替わる。

何人か替わり、長い時間がたったように思える。

その内、一瞬、胸を押したとき微かに「うっ」という声を聞いたように思った。

それがだんだん「う」になり「うーん」になり突然「うわーん」と泣き出した。。

生き返ったんだ!

ものすごいタイミングで知らせを受けたお母さんが息せき切ってやってきて泣いているわが子を

抱き上げた。

どうも、岸壁から転落したらしく、海中にいるのを発見し引き上げ、人工呼吸を続けていたらしい。


海近くに住むのはそれなりのリスクがある。町内のSさんの坊や、Tさんのお爺さん。痛ましい。


写真とよく似た感じで、県営桟橋があり小豆島、豊島、直島などへの船が発着していた。

岸壁にはO回漕店と食堂があって、若き日のOさんが自転車で荷物の受発送をしていた。

食堂は注文すれば警察の差し入れもしてくれた。

その後、24時中運航しているフェリーが、海中に多くの酸素を取り入れているとかで、鮮魚の輸

送技術が不十分であった時代、韓国から京阪神に送る鮮魚を生け簀で一時、生かす港でもあっ

た。

80年もすればほとんどのものが、日本では変わっていく。